美術
ごあいさつ
この度 岩田屋三越では「十五代 酒井田柿右衛門展」を開催させていただく運びとなりました。
伝統ある「柿右衛門窯」、十五代 酒井田柿右衛門を襲名されてから、本年で十二年目を迎えられました。
江戸時代より続く乳白色の素地「濁手」の技法を厳格に守りながらも、現代の端々しい感性を吹き込まれた作品は、国内外で益々高い評価を受けておられます。
また、柿右衛門様式の象徴である花鳥風月のデザインは、先生の手によって、現代の空間に静謐な華やぎを与える芸術へと昇華されました。
会場では、やわらかな濁手の白さに現代の美意識が調和し、新たな命を吹き込んだ新作、歴代柿右衛門の貴重な作品などを展覧いたします。
ぜひこの機会にご来場を賜り、十五代 酒井田柿右衛門さんの新しい余白の美学と、鮮やかな色彩が織りなす至高の世界をご堪能くださいますようご案内申しあげます。
令和八年 十月
株式会社 岩田屋三越
【ギャラリートーク開催】
会場にて、十五代 酒井田柿右衛門さんご本人による作品解説を行います。
日時:10月3日(土)正午から
10月4日(日)正午から
※都合により、変更となる場合がございます。予めご了承ください。
『濁手 柿文 壷』
径30.8cm×高さ42.2cm
ごあいさつ
濁手の伝統的な技と素材へのこだわりを守り、柿右衛門ならではの余白と構図を自分なりに追求していくなか、昨今の生活スタイルや文化の多様性に目を向けることが多くなりました。
現代における柿右衛門の美とは何か、自身に問いかけつつ時代に寄り添う妙味ある作品を目指し、作陶の日々を過ごしております。
この度岩田屋三越様からお声かけをいただき、十五代 酒井田柿右衛門展を開催する事になりました。
ご高覧賜れますと幸いに存じます。
令和八年 十月
十五代 酒井田柿右衛門
『濁手 オリーブ文 花瓶』
径32.7cm×高さ41.5cm
【 濁 手 】
柿右衛門の色絵の魅力を最も良く支える素地として、濁手(にごしで)は創り出されました。
素地の呼称であると同時に、現在柿右衛門窯では最上質の色絵磁器を『濁手』と呼びます。
名の由来は、柔らかく温かみのある乳白色から佐賀地方の方言で米のとぎ汁を指す『濁(にごし)』を充てたものとされますが、後世になってついた可能性が高く、江戸時代の文書史料に『濁手』の表記は見当たりません。
製法が確立した一六五〇年代から欧州向けの輸出がピークを迎える一六九〇年代にかけて隆盛を極めた濁手ですが、一七〇〇年代に入ると、流行の変化や輸出の減少に伴い製作も中断を余儀なくされます。
曲折を経て一九五三年、十二代および十三代柿右衛門父子の尽力によって濁手再生が実現、ふたたびその魅力が広く注目を集めました。一九七一年、その作陶技術は国の重要無形文化財の総合指定を受けています。
『 濁手 柿文 壺 』
径26.7cm×高さ41.5cm
十五代 酒井田柿右衛門
プロフィール
一九六八年 佐賀県有田町に生まれる
一九九一年 多摩美術大学絵画学科中退
一九九四年 十四代 酒井田柿右衛門に師事
二〇一〇年 第四十五回西部伝統工芸展にて初入選、
第五十七回日本伝統工芸展にて初入選
二〇一二年 有田陶芸協会会員となる
二〇一三年 国・重要無形文化財保持団体「柿右衛門製陶技術保存会」会長に就任
日本工芸会正会員となる
二〇一四年 二月四日、十五代 酒井田柿右衛門襲名
佐賀県陶芸協会会員となる
二〇一九年 日本陶芸美術協会会員となる
現在 日本工芸会西部支部幹事長、佐賀県陶芸協会副会長、
有田陶芸協会副会長、日本陶芸美術協会常務理事
『濁手 苺文 花瓶』
径26..4cm×高さ33.0cm
酒井田柿右衛門家 年譜
一五七三 (天正元)年 酒井田弥次郎(初代柿右衛門の父親)筑後地方(福岡県八女市酒井田)の領主の子として生まれる
一六一六 (元和二)年 この頃 朝鮮陶工李参平 有田泉山に白磁鉱を発見 磁器焼成に成功
一六三五 (寛永十二)年 この頃 酒井田喜三右衛門 白石郷より有田に移住か
一六四三 (寛永二十)年 この頃から初代柿右衛門 赤絵物の製作を始める
一六四七 (正保四)年 初代柿右衛門 赤絵物を長崎にて売り始める
一六五八 (万治元)年 この頃 初代柿右衛門 金銀の絵付に成功
一六五九 (万治二)年 オランダ東インド会社による日本磁器輸出本格化
一六六一 (寛文元)年 この頃 鍋島藩御用窯 柿右衛門窯のある南川原山に移る
一六六六 (寛文六)年 初代柿右衛門 歿(七十一才)
一六七五 (延宝三)年 この頃 鍋島藩御用窯大川内山に移る
一六九〇 (元禄三)年 酒井田家の秘伝書「土合帳 赤絵具覚(他見無用)」記される
一七一〇 (宝永七)年 この頃 ドイツ マイセン窯にて磁器の制作に成功
一七二五 (享保十)年 ドイツ マイセン窯にて色絵付けに成功 その後ヨーロッパ各地で柿右衛門写しが多く造られる
一七五七 (宝暦七)年 オランダ東インド会社の有田磁器輸出が打ち切られる
一九一二 (大正元)年 十一世片岡仁左衛門「名工柿右衛門」歌舞伎座にて初演
一九一七 (大正六)年 十一代柿右衛門 歿(七十三才)
一九二二 (大正十一)年 尋常小学校国語読本巻十に「陶工柿右衛門」掲載される
一九五三(昭和二十八)年 十二代柿右衛門 渋雄(十三代)親子によって濁手素地の復元に成功する
一九七一(昭和四十六)年 「濁手」が国の重要無形文化財総合指定を受ける
二〇〇一 (平成十三)年 十四代柿右衛門 色絵磁器の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される
二〇一四(平成二十六)年 二月四日 十五代 酒井田柿右衛門を襲名
※実際の作品と色味が多少異なる場合がございます。予めご了承ください。
※作品に関するお問い合わせは 福岡三越4階 岩田屋三越美術画廊 092-726-7789(直通)まで。
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