美術

近代フランス絵画展

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2021/09/07

近代フランス絵画展

 

近代社会が形成されるまで、我々人類の歴史の中には数多くの革命が起こりました。16世紀の宗教革命、1760年代に始まったイギリスの産業革命、1798年のフランス革命、1917年マルクス主義によって成し遂げられたロシア革命、1867年の大政奉還による明治維新も大きな革命と言えます。絵画の世界にもいくつかの大きな革命がありました。宗教絵画一辺倒だった中世の時代からギリシャ、ローマ文化の復興を目的としたルネサンス期(14世紀~)に入りますが、これは美術界にとって大きな革命となりました。レオナルド・ダヴィンチやミケランジェロがその革命の中心に居ました。1800年代後半には印象派が生まれます。産業革命による写真技術の発達や絵の具の進化などが影響を与えたこともありますが、これも一部の画家たちが成し遂げた大きな革命となりました。オーギュスト・ルノワールやアルフレッド・シスレー、ポール・シニャックが指導者となりました。その後、1904年にフォーヴィスム(野獣派)、1910年にはキュビスム(立体派)、1920年代にシュルレアリスムと19世紀後半から20世紀初頭にかけて次々と絵画革命が起こります。1800年代後半から現在に至るまでの150年の間に、美術界に革命をもたらした画家たちの作品を一堂に展覧いたします。美術界の革命家たちの仕事をじっくりとご鑑賞ください。

 

(画像)オーギュスト・ルノワール『少女』/20×24.8㎝/紙にパステル/1980~85

印象派

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ポール・シニャック『ニース』

 29.2×42㎝/紙に水彩/1921

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アルフレッド・シスレー「働く女性たち」

(左より)9.7×7.6㎝、10×16.7㎝、10.2×7.3㎝/紙に鉛筆/パステル/ 1880

1800年代後半、フランス美術界ではサロン・ド・パリと呼ばれる官展(国立)アカデミーが権威と権力を持っていました。若い画家にとってサロン・ド・パリに入選し出展することが、大きな目標であり、成功するための条件でもありました。1870年ごろ30代のルノワールやモネ、シスレーなどはサロン・ド・パリで落選続きの状態でした。業を煮やした彼らは、落選作家同士で協力して彼ら独自の展覧会を開きました。1874年、こうして印象派展とのちに呼ばれる展覧会が開催されたのです。歴史や宗教を題材に筆触の残らない写真のような仕上げに重きを置いていたサロン・ド・パリの画家たちと対比するように、印象派の画家は屈託のない明るさと風景から受ける情感を織り込んで作品を仕上げました。官展という権威に真っ向から挑むように自分たちの表現を貫いた彼らの絵画は、まさしく美術界に大きな革命をもたらしました。彼らの作品は1890年ごろまで大衆には受け入れられませんでしたが、現在では西洋絵画のスタンダードとなっています。

注:ポール・シニャックは印象派の中でもセザンヌやゴッホ、ゴーギャンなどと共に後期印象派の画家として知られています。

フォーヴィスム

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モーリス・ド・ヴラマンク『教会』

 10F(46×55㎝)/油彩/1924~25

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アンリ・マティス『横たわる裸婦』

 27.5×37.8㎝/紙にペン/1927

印象派の誕生から約30年後、1905年に新たな絵画革命がおこります。野獣派と呼ばれるフォーヴィスムの誕生です。エコール・デ・ボザール(国立美術学校)のギュスターヴ・モロー教室の生徒であったアンリ・マティスやアルベール・マルケを中心にラウル・デュフィ、モーリス・ド・ヴラマンクなどが創り上げた表現手法です。フォーヴとは野生動物を表すフランス語で、平面的で色彩を奔放に使用するその作品を目にした美術評論家が、彼らの作品を見ていると野獣の檻に入れられたように感じる、と評論したことからフォーヴィスムと呼ばれるようになりました。緑色の葉っぱを赤く塗りつぶしたり、赤いリンゴを青く塗ったりと、彼らの表現手法はそれまでの美術の歴史には存在しない革新的なものでした。彼らに大きな影響を与えたのが後期印象派のゴーギャンだと言われています。緑の葉っぱをじっと見つめていると、そこに黄色や赤色が一瞬垣間見えることがあります。「赤が一瞬でも見えたならすべて赤で塗りつぶせばいいんだ、紫色が見えたならそこに紫を塗ればいい」ゴーギャンの言葉やゴッホの強烈な色彩に影響を受けつつ、恩師であるギュスターヴ・モローの生徒の個性を尊重する指導方針によって、彼らは新たな美術革命ともいえるフォーヴィスムを世に出したのです。ただ彼らの仕事もなかなか世に認められません。思い切った絵画革命は1908年、発表からわずか3年で姿を消し、作家たちはそれぞれ次なる創作手法を模索し始めます。マティスはフォーヴィスムを進化させより簡略化の方向に進みます。ヴラマンクはセザンヌの影響を強く受けた作品を発表し、マルケは静謐な水辺の風景に魅入られ、デュフィは舞台芸術の道に進みます。約3年、道半ばで終わった彼らの革命も、20年ほどの時を経てから大きな評価を得ることになりました。

キュビスム

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パブロ・ピカソ「ピエロとアルルカン」

31.4×23.8㎝/紙に鉛筆/1920~22

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ジョルジュ・ブラック『花瓶の花』

32.5×22㎝/紙に水彩/1962

形而上絵画・幻想絵画

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ジョルジュ・デ・キリコ『ドレープを纏った馬』

 15×20㎝/厚紙に水彩/鉛筆/1960

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ポール・デルヴォー『少女とバラ』

17×12.2㎝/紙にペン/インク/1936

1920年代に入りポストキュビスムとして登場したのが、形而上絵画(シュルレアリスム)、幻想絵画と呼ばれる作品です。美術界にとってはこれも大きな変化、革命と呼ぶべき出来事でした。無意識の領域を芸術に結び付けるシュルレアリスム宣言が1924年、作家であるアンドレ・ブルトンを中心にして宣言されます。それまでの絵画や文学は作家の意識や意見、考えがその作品の中核をなすものとして存在しました。その理性や意識的な思考を排除し、純粋な心的状態を作品で表現しようとするものです。催眠状態で文章や絵を書いてみたり、夢に見たことを文章化、絵画化してみたり、無意味な夢こそ純粋無垢な芸術だと考えたのがシュルレアリスム運動です。そしてそこから派生して生まれたのが、キリコが描く形而上絵画でありデルヴォーの幻想絵画となったのです。二人はシュルレアリスム運動に同調しながらも独自の表現スタイルを確立しました。現実には存在しないもの、夢や潜在意識、想像の中に現れる事象に意味をもたせ自身のモチーフとしたのです。形而上というギリシャ哲学から生まれた言葉を簡単に説明すると、時間や空間の制限を受けない、その外にあるもの、を指すのですが、我々人間も動物も自然も、すべて時間(時間がたてばすべてのものは等しく老いていきます)と空間(どれほど広い宇宙の中で生きていようとも、我々の生きる空間には限りがあります)の制限の中で生きています。形而上とはその外にあるもの、すなわち思想や理念、想像、または霊的(超自然的)なものなどを指しています。一方デルヴォーの幻想絵画ですが、現実ではありえない不可思議な状況を作品にしています。今回の出品作も宮殿の廊下からバラが生えていて、それを摘み取ろうとするお仕着せを着たお手伝いの女性を、奥からもう一人の女性がじっと見つめているという不可思議な光景です。彼らの仕事がその後に前衛芸術を生み出すきっかけとなったのです。

孤高の革命家たち

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パウル・クレー『町の交差点(濡れた道)』

12.1×17.6㎝/紙にドローイング/テンペラ/1912

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モーリス・ユトリロ『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』

13×13.8㎝/油彩/1941

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ベルナール・ビュッフェ『テーブルの上の静物』

50.1×65.1㎝/油彩/パステル/1950

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ポール・アイズピリ『グリーンのテーブルとフルーツ』

51×50㎝/油彩/1970頃

仲間を持たずただ一人で絵画革命を目指した作家たちもいます。パウル・クレーはその第一人者と言えるかもしれません。20世紀最大の絵画革命がキュビスムだとして、その次に数えられるのがクレーの仕事です。クレーはドイツで生まれ育ちましたが、20世紀初頭ドイツでは表現主義の波が押し寄せ、数多くの芸術家がこの表現主義の影響を強く受けました。表現主義とは感情を作品に織り込んで創作する手法です。ただクレーはこの波に飲み込まれることなく自身の芸術を昇華させます。1914年にアフリカのチュニジアを旅して、そこに溢れる豊かな色彩に強い感化を受けたのです。その色彩の美しさを制作に取り込むと徐々にモチーフの形が姿を消し始め、キャンパスには色だけが残ります。色彩抽象作品の誕生でした。ピカソとブラックがキュビスムによってモチーフの形を変化させ、クレーがモチーフの形自体を打ち壊したのです。クレーの仕事が最終的に現代美術の扉を開くことになりました。モーリス・ユトリロも大きな革命を成し遂げています。アルコール依存症の治療のために絵画制作を始めたという特殊な事情もありますが、20世紀初頭、画家たちは自然(人や動物、草花、海や山や川)をモチーフにして自身の芸術を磨いていました。ところがユトリロはモンマルトルの町中に住んでいたため、近所の石造りの建物(人工物)をモチーフとしました。誰も描かない建物を描きそこに人の姿が見えないにも拘らず(初期のユトリロ作品には人物が描かれていません)、ユトリロが描くとそこに人が住む温かみや悲哀が醸し出されるのです。今では多くの画家がパリの街並みや歴史的建造物を描きますが、それらの作品が芸術的評価の対象とされるのは、ユトリロの仕事のおかげなのです。クレーやオランダ出身のモンドリアン、ロシア出身のカンディンスキーなどの手によって、美術界が抽象表現主義に傾いているころ、具象絵画(何が描かれているのか分かる絵画)の旗印となり新たな革命を成し遂げたのがベルナール・ビュッフェです。太く力強いモノトーンの縁取り線と直線的な画面構成によって、鑑賞者の情感に訴えかける革命的作品を僅か20歳で完成させました。フランスで最も権威があるとされるクリティック賞(批評家賞)を受賞し、若き天才として登場したビュッフェは1999年71歳で亡くなるまで、フランス画壇をけん引し続けました。「具象絵画最後の巨匠」と謳われるポール・アイズピリも、革新的な仕事をやり遂げた作家です。パウル・クレーがキュビスムを進化させてモチーフの形を壊したように、クレーに遅れること40年後に生まれたアイズピリは、ピカソとブラックが完成させたキュビスムとマティスやヴラマンクが成し遂げたフォーヴィスムを融合させることに成功しました。ベルナール・ビュッフェと同じく抽象表現主義の真っ只中に育ったアイズピリはビュッフェのライバルとして生き、具象絵画の美しさと可能性を自身の作品を使って広く知らしめることに成功しました。フォーヴ特有の豊かな色彩とキュビスムによる視点変化が生み出す違和感が、その作品に深い情感を与えています。2016年1月に亡くなるまで、具象絵画の最後の改革者であり続けました。

 

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